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福岡高等裁判所 昭和36年(ネ)45号 判決 1961年12月21日

荒尾信用金庫

理由

証拠を総合すれば、控訴金庫常務理事吉田政彦は昭和三四年一二月九日頃西山富男に事業資金を融通させるため、同人が当時取締役の地位にあつた訴外西部開発株式会社名義で振出した振出日昭和三四年一二月九日金額一六五万円、支払期日昭和三五年三月二五日、支払地荒尾市、支払場所控訴金庫、振出地福岡市、受取人および支払人とも白地なる為替手形一通につきその引受人欄にかねて西山において作成準備していた。荒尾市大島八六番地荒尾信用金庫理事長藤岡義勝なる記名印を押しその名下に控訴金庫理事長の職印を押して控訴金庫理事長藤岡義勝名義の引受をしたこと、その後昭和三五年一月下旬西山は本件手形を割引のため被控訴人に対し受取人支払人ともに白地のまま交付し、現に被控訴人がその所持人である事実を認めることができ、以上の認定を左右するに足る証拠はない。

まず控訴金庫は、本件手形の引受は前記控訴金庫の常務理事吉田において権限がないのに控訴金庫理事長藤岡義勝の名義を冒用し自己もしくは訴外西山の不正な利得をはかる目的を以て偽造したものであると主張するので案ずるに、権限なくして手形上に他人の署名又は記名押印を顕出することを手形の偽造というべく、本件についていえば、訴外吉田が当時控訴金庫常務理事として他の理事長藤岡義勝、専務理事平川精彦の二名ともに控訴金庫の理事として各自代表権を有していたことは当事者間に争いがないので、本件手形の引受が偽造であるかどうかは、前記吉田が控訴金庫理事長名義を使用することが前示吉田の代表権の範囲に属するかどうかによつて決すべきところ、原審証人平川精彦、当審証人吉田政彦の各証言(ただし後記措信できない一部を除く)を総合すれば、控訴金庫においては前示のとおり三名の代表理事がいたのにかかわらず理事長の職印しかなく、しかも右職印(本件手形に押されたもの)は常時常務理事平川がこれを保管し、各理事が必要とするときは何時でも使用することができ、理事長以外の代表理事が各自の名において控訴金庫の業務を代表することは例外であつて、対外的な行為をするについてはいちいち理事長の承認を受けるまでもなく理事長名義を使用することを通例としていた事実を認めることができ、右認定に反する前記各証言の一部および原審控訴金庫代表者尋問の結果は措信できず成立に争いがない乙第九号証をもつては前認定を左右するに足りない。そして右認定の事実よりすれば控訴金庫においては理事長以外の代表理事が対外的業務を行うについて理事長の名義を使用することは各理事の代表権の範囲内に属するものである事実を知ることができるから、手形行為が客観的にみて控訴金庫の業務の目的の範囲内に属すると認めるべきこと後記の如くである以上、常務理事吉田が控訴金庫理事長名義を使用してなした本件手形の引受は仮りに同人においてその資格を利用し自己の利益を図るためになしたものであるとしても、偽造ではなく控訴金庫は格別の事情がない限り右引受につき手形上の責任をまぬがれないというべきである。よつて以上に反する控訴金庫の主張は採用できない。

次に控訴金庫は以下のように主張する。すなわち控訴金庫は信用金庫法により荒尾市内における一定の会員を対象として組織運営せられる特殊法人で一般銀行業務に比し著しくその範囲を制限せられているから資金の貸付が与信行為に当るからということにより直ちに手形の引受までが業務の範囲内に属するものということはできないのみならず、訴外西部開発株式会社は控訴金庫の会員ではなく控訴金庫とは何らの取引関係もない者である。従つて本件手形の引受は控訴金庫の目的の範囲外の行為であるから無効であると主張する。よつて考えるに当審証人吉田政彦の証言によつて成立を認めることができる乙第一、第二号証によれば、控訴金庫は信用金庫法にもとずき設立された法人であるが、その業務目的とするところは同法第五三条第一項各号の定めにしたがい、普通銀行に比しある程度の制限はあるにしても銀行取引を業とする団体であることに相違はなく銀行取引を業とする団体にあつては、手形行為そのものについてはこれを客観的に考察し、その事業目的遂行に必要な行為と解すべきである。したがつて前掲証拠によれば、控訴金庫においては、会員以外の者に対する貸付はその預金又は定期積立を担保とする者に限られ、手形の割引については会員のためにする場合に限られていて本件手形の振出名義人である前記訴外会社も実質上の振出人である前記西山も控訴金庫の会員ではなく、また融資を受ける資格も有しないものであることを認めることができる。そして本件手形についてはかかる資格のない者に対し金融を得させるため訴外吉田においてその代表権を濫用して引受をしたものであると仮定しても、以上は本件手形引受の原因関係に過ぎない(しかも被控訴人の悪意については控訴人の何ら主張立証しないところである。)のであつて、本件手形の引受そのものは、これを客観的に考察し、これを控訴金庫の業務目的の範囲内に属する行為と解しなければならない。故に本件手形引受が控訴金庫の目的の範囲外の行為であるとの控訴金庫の主張も採用できない。(以下省略)

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